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宿毛での列車事故

3月2日夜、土佐くろしお鉄道の終点、宿毛駅に約100km/hで特急列車がつっこんだ件。

この映像を見ても、死者が運転士のみというのはある意味奇跡だろう。
なぜか関東では大きなニュースになっていなかった。が、これは社会的には、東武鉄道竹の塚の踏切事故より大きいのではないかと感じている。

私が気になるポイントは
1)ATSなど安全システムが結果として機能しなかったこと
2)ワンマンでなかったにもかかわらず、車掌の非常弁(非常停止)操作がなされなかったこと
3)マスコミが、安全システムの不足を問題とした論調であること

1)については事故調査委員会などの報告を待つべきか。

2)については、一部マスコミの報道もあり、車掌の証言ということで警察筋からリークされているもよう。
通常、我々は運転士と車掌がいれば、その両者で安全確保をしてもらえると考えると思う。制度面からも、ワンマン運転はツーマンよりも各種制限(両数・定員など)もあるようですから、その考えは至極妥当と思われるが、毎日新聞によると、当該車掌は車掌用非常弁の操作方法を教えられていなかったとのこと。保安能力がない車掌は「お世話係」でしかなく、土佐くろしお鉄道の運用は、「ワンマン」における規制逃れの脱法行為ではないかと疑われても仕方がないだろう。
逆に「これでよい」ということであれば、「車掌って何のためにいるのか」ということになりはしないのか。車販のねえちゃんと違うのはドアの開け閉めだけなのか?

3)については、リスクに対するコストをどう考えるかという、大きな問題提起といえる。
上記2)にて指弾しているが、(現行ダイヤや運用で可能かどうかは別として)「実質ワンマン」ならきちんと「ワンマン」として運行すればよいだけであると考える。
問題はそこではなく、マスコミの言うように「保安システムをとにかく充実させればいいのか」という話。
保安システムが充実していないのは、過疎地・末端路線・第三セクタが中心である。システムを充実させるのは結構だが、その金は誰がどこから出すのか。そしてその金が出せない場合は廃線となるが、その結果、今の鉄道より「保安装置のほとんどない」バス・あるいは公共機関が無くなる、という矛盾をどう考えるのか。
「全てのリスクを避ける」という発想ではなく、地域や状況により受容できるリスクがあることを想起しなければ、破綻するのではないか。

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