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ルール

ルールには作られた背景がある。重要なのはルールではなく、ルールの目的である。
その意味では、「ルールで決まっているじゃねーか」と印籠のごとく掲げる者より、その者に対し「風紀委員でつか?」とレッテルを貼る者の方が、本質に近いと言えるかもしれない。
しかし、本質までの距離を考えれば、五十歩百歩。目くそ鼻くその違いでしかない。

目的とは、「その場に責任を持つ者」のリスクを下げること。守ることでそのリスクを下げるように、ルールは設定される。その下がると想定されたリスクを元に、参加条件と参加料が決められる。国であれ、遊園地であれ、航空料金であれ、その面では同じである。
であるから参加者は、目的のリスクを適正に理解した上で、守る・守らないを判断することが重要である。

しかし残念ながら通常、参加者はリスクを過小に評価する。なぜならそのリスクが顕在化することは”まれ”であるため、そのリスクの大きさを実感できないのである。多くの場合、その者が被る(与える)リスクが(見かけ上)ほとんど無いのであるから、ルールを守らない事による(その者の)メリットが勝つ。
一方、ルールを守る者も、そのリスクを必ずしも十分に認識している訳ではない。

……そのため、ルールにかかわる議論は大概、目的ではなく手段が焦点となってしまう。そして論を補強するために、善悪の概念を強調しがちとなる。

そして、
リスクが顕在化した場合、その原因となった「ルールを守らなかった者」は、十分にその損害や問題に対処できない。元々、そのリスクを十分に認識した上での行為では無いからである。

極端な例でいえば、航空機の離着陸時に携帯電話の利用を止めない乗客。
この行為が原因で、フライトスケジュールが遅延した場合に他の乗客の機会損失を補填する覚悟があったのだろうか、事故に発展した場合に他乗客の怪我の補償や関係者への謝罪をする覚悟があったのだろうか。そしてその覚悟を実行する能力は。

もちろんそのリスクの顕在化の影響を、当人あるいは仲間内で完全に留められるなら、ある意味自業自得であるので問題無い場合もあろうが、一般的には直接あるいは間接的な影響を他に与えることになる。

だから、「その場に責任を持つ者」は、目的ではなく「ルール」を押しつけることになる。

「その場に責任を持つ者」は通常、ルールを守らない参加者を締め出す「権限」がある。さらに、他の参加者をリスクから守るため、ルールを守らない参加者を締め出す「責任」がある。そしてそれを実行する「体制」がある。

 「その場に責任を持つ者」が「責任」を果たさない場合はどうなるのだろうか。
 「他の参加者」がリスクを回避したい場合はどうすればよいのだろうか。
 「ルール」を無くすことで何が変わるのだろうか。

……お時間となりました。本日はここまで。

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