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2007年を振り返る(横浜FC編・上)

忙しいだなんだと、書くのを避けて来ましたが、既にキャンプ入りとなると、後回しにするのも限界です。書かなきゃ良いという話もありますが、J1昇格という記念すべき年に何も書かないと言うのも、ね。

無惨な1年。失敗を振り返るのは気が進まないものです。とはいえ、「失敗は成功の糧」とも言いますし、この1年を簡単にでも振り返っておくのは悪くないでしょう。って、私はチーム関係者でも何でもないのですが(笑)

○戦力編成

昨年初にも書きましたが、金の無いなりの補強という感じでした。とはいえ、目玉が久保・奥・外人3人でしたので、「これが機能すれば」という条件付きの編成ですから、結果としてこの5人が機能しなかった時点で破綻しています。
外人は兎も角、久保は持病があったのですから、怪我再発時のリスクヘッジはする必要があったでしょう。ましてや、新規昇格組の勝ち目はスタートダッシュ。シーズン途中の補強の派手さを考えると、スタートからもう少し厚くできていたら、という結果論の一つも愚痴りたくなると言うものです。

第2節・マリノス戦

チーム創設以来の目標の一つが達成されました。泥臭い、部外者から見れば凡戦ですが、最高の試合でした。しかも三ツ沢。「勝つために、ここに来た」ってのはこの試合のこと。夢を見させていただきました。このあたりが今期の絶頂期でしたね。紙吹雪と傘回しを目の当たりにし、「正月芸人じゃあるまいし、あっちじゃなくて良かった」と思ったものです。

第3節・川崎戦第5節・ジェフ戦

遅攻系の浦和との惜敗、個の力もあるマリノスからの勝利。少々調子に乗りかけたところに、天敵川崎にタコ殴りにされ、リーグ未だ勝ち無しの(当時横浜より下位の)ジェフに貫禄負けの大敗。これで、J1昇格の高揚感と、「なんとかやれそう」という自信が、木っ端みじんに砕かれたような気がします。
もう少し長く僅差の試合を続けられれば、もう少し勢いに乗って勝ち点を積め、シーズン途中の補強とうまく繋がったのでは、って「たられば」でも言いたくもなります。

○計算違い

中断前まで(18試合)のスタメン回数を見ただけでも、選手のやりくりがうまくいかなかったことがわかります。

まず、この期間にフルスタメンなのは菅野だけ。2桁出場は、和田(15回)>早川(14回)>滝澤・根占(13回)>山口・カズ(12回)>奥(11回)>内田・小村(10回)と合計10名しかいません。降格阻止のため喉から手が出るほど勝ち点が欲しいときの布陣ですから、「お試し」や「ナビスコ狙い」ではなく、「固定できなかった」というのが実状と推測できます。このチームには珍しく、出場停止が3つしか無かったんですけどね。

外人選手もシウバの3回が最高、アドリアーノはわずか38分、アンデルソンに至っては初戦のベンチ入りが最後でした。FWの柱と期待された久保(7回)も1得点。途中出場が多かった難波(6回)がチーム最高の3得点と気を吐いたのが救いですが、開幕在籍選手が上げた得点が17試合で10点※では、どうしようもありません。またその難波もマリノス戦(8/11)で重傷を負い長期離脱してしまいます。
   ※:実際には、平本2点とOGがあるので合計13点

続く

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