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2007年を振り返る(横浜FC編・下)

長くなりそうなので、エントリを分けました。

2007年を振り返る(横浜FC編・上)の続きです。

○ナビスコ

降格候補組にとってのナビスコの位置づけの難しさを、改めて感じました。
それでも若手中心のチームであれば、チームを作っていくというメリットが疲労のデメリットを上回るのでしょうが、ベテランと怪我がちの選手の多い横浜FCの場合、デメリットが上回ったように見えました。
これで、予選突破で自信を持つとか、外人選手が機能してくるとか、の効果があれば良かったのですが。。。

○そして補強

(面倒なので、リーグ出場・ベンチ入り選手のみ対象とします。節は最短投入可能な試合)
12節(5/19)から平本、14節(6/9)からヨンチョルと山田卓也、18節(6/30)から林、7/17に西山の入団発表。ここまでが、中断期間キャンプに間に合った補強選手でしょう。平本・山田については効果的でしたし、西山も後に加入したアツと被らなければもっと活躍の場があったかもしれません。林は特別指定選手ですし、スンジンは即戦力ではないはずですから、ここまでの補強は(少々遅いながらも)まあまあ成功であったと思います。

しかしキャンプに間に合わない形で、パウロ(7/27)、21節(8/18)からカタタウ・アツ、しかもカタタウは8月末から、アツに至っては9月中旬の残り12試合目で実戦初投入と、降格阻止にしては遅きに失した補強でした。
そもそも、足りなかったのはCBとFWであり、それもシーズン当初から予想できたこと。パウロの活躍で矛先が鈍りがちですが、コストがかかったと想像されるこの補強は、タイミング・補強ポイントの面から、戦略的に失敗だったと思います。


○高木監督解任

これについては、こちらの記事を参照ください。
まあ要するに、降格阻止の手段としては遅すぎだし、駒不足の状況で成績不振の責任を一人負わせるのは酷だった、と思っているわけです。高木監督が早期に辞意を漏らしていたのであれば、なおさら。
前半勝てない状況でも「何があっても今年は高木監督で行く」と選手が聞かされていたと、マスコミが伝えていたように記憶していますが、それが事実であれば、その中での突然の解任劇は、選手のチームに対する不信感を増幅させたのではないか、と邪推しています。

○レアル新監督後も勝てず

中断期間にチームを作れれば意味もあったでしょうが、試合しながらチームを作っていく状態では、降格阻止には残り試合が少なすぎました。繋いでいくサッカーは、パウロ・山口にあっていたと思いますし、パウロにマークが集中することで山口が生きたようにも見えました。しかしながら、そもそもFWの決定力不足が最大の問題だったわけで、期待された平本が怪我で使えなくなった状態では、12試合でわずか3得点と、高木時代を下回ったのも無理のないところかもしれません。
いずれにせよ、金を掛けて監督を代え、1勝9敗2分けと全く結果が出なかったのですから、完全な失敗です。この選択に対する責任をフロントは負うべきだと思いますけどね。

○終盤の戦い

J史上最速降格決定、20試合連続未勝利記録、勝ち点の少なさ、大量失点。。。このままでは横浜FCは「場違いなチーム」として皆の記憶に残るところでした。監督が替わっても結果は出ない、安牌扱いのチーム。名古屋にホーム最終戦の意地悪をするのが関の山か、と思っていたら、浦和の優勝阻止という大役を果たしました。天皇杯で愛媛に負けたのは余計でしたけど。
波瀾万丈の1年、記録にも、記憶にも残る、横浜FCのJ1初挑戦となりました。

○選手の流出

これは本来なら2008年度の話として書くべきかもしれませんが。
ただでさえJ2に降格したチーム、高木監督解任というどたばたもありました。それでも各選手が「このチームに残りたい」と思ってもらえるような何かを、チームが示してきたのか、が問われるオフシーズンとなりました。J2が52試合になる可能性もあったわけで、引退間近の選手も多い中、数を確保する意味でも、さすがにJ2で計算できる選手は残すだろうと思っていました。

が、岩倉を始めとする8選手を早々に解雇。貢献してきた山口への解雇と2週間後の引退という後味の悪い対応。他チームへのレンタル組も戻さず、という強気の施策。そして、昇格前から戦力となっていた選手達の流出。
海外組を除いても結局、久保・平本・薮田・内田・奥・西山・山口・吉野・和田・岩倉・中島・小村・菅野といった選手が退団や引退となり、2007年の主力が殆どチームを去る結果となりました。11月以降の4試合でなるべくアツ・滝澤・根占・山卓あたりの残留組を使おうという意図も感じられたとはいえ、2007年に積んだ経験をどうやって2008年度に生かすのでしょうか?
J1との差だけでなく、同じ降格組の広島との差をも、まざまざと見せつけられたシーズンと言えそうです。

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